2011年03月25日
同友会経済サミット

文芸大の学生達が模型をつくってくれていました。この規模の提案を浜松が今受け入れられるか、はともかくとして、学生達の情熱は常に高貴です。いつかは実現させたいのもです。バイクミュージアムの提案もありました。これに関しては僕も以前、都心未来創造会議の場で提案したことがあります。というか、この施設は積年の市民の願いです。中野勘次郎さんにお借りした「浜松オートバイ物語」(天野久樹著1993年刊行)という本のあとがきに「浜松には10年ほど前、「オートバイ博物館」なる施設を建てる構想があった。」という一文があります。つまり1983年頃ということですね。遠鉄が高架になり、ロータリーができてすぐくらいでしょうか。足並みがそろわず自然消滅したそうです。
浜松は今、観光型の都心へと舵を切りかけています。今度こそ実現させてほしいと思います。



で、この日、我が「ミュージアムストリート構想」についてちょびっと触れられるかもしれない、ということで半信半疑で聞いておりましたところ、座談会終盤、会も大詰めに差し掛かったあたりでにわかに話が鴨江別館の再利用方法に向けられまして、谷島屋社長 斉藤行雄氏によってついに「山田卓司」という名前がサミットで発せられました。
「やったぜ!」と密かににんまりしていましたら、今度はアルモニコスの秋山さんが壇上から「張本人が来ているからちょっと挨拶させましょう。」などと言い出して、僕の方を指差したのでした。
普段は沈着冷静な僕なんですが(ホントです)、久々にアワアワしてしまいました。
そんなわけで、1分ぐらい、ミュージアムストリート構想の概略をお話しさせていただきました。壇上で。
僕が降りてから今度は康友市長が「山田卓司さんの作品はホントにすごい。上田毅八郎さんと二人、きっと客が来る。」旨のご発言。
同友会のサミットで市長が「山田卓司」と「上田毅八郎」を口にしたという事実はいろんな意味で大きいです。計画は一気に現実味を帯びてきました。
たくさんの方々の強力なサポートに深く深く感謝いたします。
ここまできた以上、今度は僕達が確実にこの事業を成功させなければなりません。次のミッションは「資金調達」です!
皆さん引き続き、ご協力お願いいたします。
Posted by ドラマーな建築家 at 18:28│Comments(0)
│中心市街地活性化
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